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2012年3月 9日

●★追悼★お悔やみ申し上げます。山口美江さんインタビュー

当社で発行する「BANANA NEWS」に山口美江さんにご登場いただいたのは2008年の1月号。当時山口さんは愛するお父様を天国にお送りし横浜中華街で輸入雑貨店「グリーンハウス」をきりもりしながら介護関係の講演会やテレビ出演で忙しくされている時でした。そんな中私達のような小さな新聞「BANANA NEWS」のインタビューに応じていただけるとはまさに晴天のへきれきでした。
お悔やみとともに、当時のインタビューの模様を再掲させていただきます。

タレント休業後、横浜中華街で輸入雑貨店「グリーンハウス」を経営していらっしゃる山口美江さんにお会いしました。山口さんはニュースキャスターや「天才たけしの元気が出るテレビ」「世界まるごと2001年」またフジッコのCM「しばづけ食べたい」の名台詞で脚光を浴び、ご存知の方も多いはず。そんな山口さん、実は最愛のお父様が認知症になり平成18年に他界されています。これまでにもテレビや新聞でお父様の介護にまつわるお話をされており、バナナ園のスタッフの話題になっていました。インタビューをお願いをしたところ、山口さんは快く引き受けていただきました。
矢野:今回はインタビューをお引き受け頂きありがとうございます。ところで、お父様のご様子、最初におかしいと思われたのは?
山口:父は68歳で貿易商の仕事を引退後、自宅での「隠居生活」を送りながら私のお店<グリーンハウス>の手伝いをしてくれていました。仕事人間だった父が出不精になったり、それまで暗算でしていた帳簿の計算に電卓を使い出したり、おしゃれだった人がおかしな服のコーディネイトをしたり・・・、兆候はあったのですがそれは単なる老化によるものだと思っていました。H16年の9月のある早朝、スーツにネクタイ姿の父が庭の掃除をしながら「今日名古屋に船が入ったからね、出張に行ってくる」と青ざめた顔で言うのです。実は記憶障害がもとで市販の風邪薬を3瓶も飲んでしまったことも重なり、慌てて病院に連れて行きました、そしてそのときはっきり「アルツハイマー性の認知症」と診断されました。かつてキャスター時代にレーガン大統領のアルツハイマー宣言を伝えた事を思い出しました。でも、16歳で母を亡くした一人娘の私を再婚もせず育ててくれた父ですので、しっかり私が介護をしなければと思いました。
矢野:介護をしていての苦労談や学ばれたことは?
山口:この事件の後、お店の入っているビルの改装があり、休業中の間の半年はまさに24時間介護と向き合う生活でした。毎日、朝食を済ませ、父を連れ中華街を散歩、二人でランチをとり、夕食の買い物を済ませ夕食をとる・・・、お昼の散歩は昼夜逆転現象を防ぐ意味でも効果的だったと思います。父にとって「食」はホントに楽しみでしたから、栄養の面からも夕食は全て私が作りこの間、毎日レシピをノートに記録をしました。でも、この間の1ヶ月で介護度が1から4にまで進みましたから・・・、症状のドラスティックな変化は驚きましたが、ひとつひとつに対して「これは病気のせい」と割り切ることが父のためにも大切と思いました。
矢野:ヘルパーさんやデイサービスの利用はされませんでしたか?
山口:一度デイサービスの利用も考えましたがうまく馴染めなかったようです。また店の休業期間と重なっており、介護は基本的に自分でしようとも考えていましたから・・・、しかしお医者様やケアマネージャーさん、行政関係等にはしっかり相談をし、助けていただきました。一人で抱え込まずプロのアドバイスを請うことは大切です。ただ父の「介護」は神様が私たち父娘に与えてくれた貴重な時間で「自分で出きる事は全てやったから悔いは無い」という思いが強いです。
矢野:自分で納得が出来る「介護」が出来たということは大切ですね。話はかわりますが、メインで芸能活動をしていたころの思い出や、現在のお店グリーンハウスについてお話を聞かせてください。
山口:なかなかお会いすることが出来ない方とお話できたり、行くことが出来ない場所に行くことが出来たのが思い出、でもラップランド(北欧)の零下40度は辛かったですよ(笑)!!今このお店<グリーンハウス>は仕入れから販売、経理まで全て私一人でやっているんです。お客様の趣向はやはり店に立ちお客様とコミュニケーションを取っていかないと判らないもので、そんな中「これは!」と思った品物が喜んで頂けるのが商売の醍醐味、父も貿易商でしたから山口家にはそういうDNAがあるんだなって思います。
矢野:最後に現在介護をしている方に山口さんからエールをお願いいたします。
山口:介護には「苦労」や「介護者の目に見える変化」が辛くなることもあります。でも自分一人で抱え込まずプロや周りの人々に相談や助けを請うことも必要、決して「自分を可哀想と思わないこと」が大切。そして気分転換も必要、私の場合は父と共に可愛がっていた愛犬「ボーイ(パグ)」も心の支えになってくれました。
矢野:来年1月に発売される山口さんの著書「女ひとりで親を看取る」拝見しました。山口さんとお父様の心温まるエピソードや実際に介護をするにあたってのヒントが綴られており私も本当に感動しました。今日は貴重なお話本当に有難うございました。お時間があれば是非私どもの「バナナ園」に遊びに来ていただければと思います。<敬称略>
※インタビューはお店がある横浜中華街で行いました。「母を亡くしてから、男手一つで私を育ててくれた父のために神様が与えてくださった貴重な時間、悔いなく過ごすことが出来ました」と、明るくお話しされる姿が印象的でした。中華街にお出かけの際は是非「グリーンハウス」にお寄りになってください!山口さんの素敵な笑顔が迎えてくれるはずです!

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当社理事長矢野とともに

●山口美江さんインタビュー掲載 BANANA NEWS 2008年1月号

山口美江さんインタビュー掲載のBANANA NEWS 2008年1月号
下記よりダウンロードできます。
BANANA NEWS 2008年1月号

2011年12月28日

●狂言和泉流宗家宗家会理事長~セッチーこと和泉節子さんにお話を伺いました~

今回は当社の高齢者施設グループホームで「狂言教室」の講師をお願いしている十世三宅藤九郎さんの母であり、狂言和泉流宗家宗家会理事長、ご存知「セッチー」こと和泉節子さんの登場です。
矢野:藤九郎さんには高齢者への「狂言教室」でお世話になっています。
節子さん:伝統文化である狂言には日本の古き昔からの「良きこと」「日本の心」が全て含まれています。「喜劇」ですからこれを観ていつまでも明るく笑って楽しく過ごすことが出来れば心豊かな老後請け合いです。私も世のお年を召した皆様と元気よく生きていくための「セッチー華の会」を催しています。狂言を知り、観て声を出して元気に滑舌よろしく話せば「アンチエイジング」や「記憶や頭の訓練」にもなるのです。
矢野:和泉流を支え守りながら、宗家<和泉元彌さん>、和泉淳子さん、十世三宅藤九郎さんと、三人のお子さんを一流の狂言師に育てました。
節子さん:室町時代からの国の預かりものである「狂言」を次の世で絶やしてはいけないですから、これは「義務」であり「使命」です。本当に子供達には可哀想なときもありましたが、親も涙を流しながら稽古を付けました。乳飲み子が一歳半になり、歩き始めた頃に正座から仕込まれるわけですから・・・。さらに、師匠と弟子の間には親子関係はありません、子供達は家庭でも常に敬語ですし、父親に甘えることもありませんでした。
矢野:ところで節子さんも長い間ご家族の介護をされてきたと伺っています。
私は「介護は家族でするもの」ということを実家で学んでまいりました、それこそ節子さん祖父母の代は入院という事も考えられませんでした。この家に嫁いでも同じです、お父様<先代の三宅藤九郎:人間国宝>はパーキンソン症候群<手や足に震えの症状が出る>の疑いが持たれながら84歳で入院されるまで、舞台に上がり続けました、どのような体調であってもその舞台を影で支えなければなりません。舞台人として身体のメインテナンスには人一倍注意を払う方でしたから、常に6箇所の病院にお通いになっておりました、この通院の手配とお供は私の大切なお仕事でした。普段のご様子を知っていても勿論「引退」などと口にすることなどできません。完璧な舞台を勤められないと自ら舞台を降り入院をされました、ここでもご機嫌良く病院にいて頂くために毎日のように通いました。お話の相手から頑固なお父様にリハビリを促すのも私の仕事、亡くなるまで6年間続けました。お父さまは妻に先立たれ5人の子供を男で一つ育て上げました。私も嫁でありながら、娘のように、晩年は妻のような気持ちで介護を致しましたが、本当に良かったと思っております。
矢野:お忙しい中、よく20年近くの介護を乗り切ることが出来ました。
節子さん:家に仕え、舅に仕え、子供に仕え、更に弟子の母親であり、妻であったワケです。自分のための時間といったら寝る前の僅か10分ほどです。「まず自分」と考える今の若い方には理解し難いかもしれませんが、どなたに仕えても良く考えれば私の大切な時間なのです、決して他人の為の時間ではないのです。愛する夫を生んでくれた親だからお世話をするのも当たり前です。昨今の「介護」のあり方を見ていると、一から十まで他人様に預けたり任せたりする傾向にあるように思います。病院や施設に預けても、折を見て連れ帰ったり、良くなれば戻っていただいたりと・・・それが「情愛」というものです。今後の高齢化社会を考えると、出来れば介護は家族でして欲しいと思います、これは育児と同じです。そのためにも政治や介護保険はもう少し家族が介護をし易くするための工夫をして頂きたいと思います。
矢野:さて、最後に節子さん、このパワーと元気を保つ秘訣は?
節子さん:自分の係わる全てを楽しむ事、仕事でも介護でも何でも・・・「嫌だ、嫌だ」と思ってやると必ず倍の重さになって返ってきます。拒むことなくそれこそ「ルンルン気分」で立ち向かうことです。まだまだやりたいことが沢山、最後まで元気でいて「歩きながら死ぬ!」って思っているのですよ(笑)。
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岐阜県大垣市生まれ。金城学院短大卒。狂言和泉流の十九世和泉元秀の妻。長男は二十世宗家和泉元彌、長女は初の女性狂言師和泉淳子、次女は十世三宅藤九郎を襲名した狂言一家の母。自らも狂言プロデューサーとして活躍中。

2011年9月12日

●女性狂言師三宅藤九郎さん、シニアライフセミナーに登場!

当社の運営するグループホームで入居高齢者向けに狂言教室を行っている和泉流の女性狂言師、三宅藤九郎さんが、川崎市多摩区の川崎市高齢社会福祉総合センターにて行われる「シニアライフセミナー<主催:長沢壮寿の里地域包括支援センター>」にて12月3日に講師として登場いたします。<狂言から学ぶ「声と笑い」のストレス解消術>詳細は下記↓よりフライヤーをダウンロード下さい。
長沢壮寿の里シニアライフセミナー

2011年8月29日

●高齢者住宅新聞に当社グループホーム「川崎大師バナナ園」が取り上げられました。

「高齢者住宅新聞」㈱高齢者住宅新聞発行、8月25日号に当社グループホーム「川崎大師バナナ園」が<「グループホームで終末期医療」で>取上げられました。
20110825高齢者住宅新聞

2011年5月30日

●2011年度狂言教室スタート!

女性狂言師の十世三宅藤九郎さんを講師に迎え昨年スタートした「狂言教室」、2011年度の狂言教室が5月27日、川崎市多摩区のグループホーム「バナナ園生田ヒルズ」でスタートしました。
入居者、スタッフ、近隣の皆様、包括支援センターのスタッフ、一般参加の皆さん合わせて30人以上の方が集結!今年は狂言小謡『兎』を先生と共に8回のレッスンでものにしていきます。
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2011年3月23日

●介護ビジョン4月号に「バナナ園生田の杜/バナナ園生田の泉」が取り上げられました。

介護の専門誌「介護ビジョン4月号」(株式会社日本医療企画)巻頭「夢あるまちへ~地域とともに生きる」に「バナナ園生田の杜/バナナ園生田の泉」が特集されました。二つのグループホームの特色、スタッフへのインタビュー、十世三宅藤九郎さんによる「狂言教室」等が取り上げられています。
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●バナナ園生田の杜/泉の記事です

介護ビジョン4月号記事「夢あるまちへ」記事です
介護ビジョン夢ある街

2011年2月22日

●当社スタッフ<第2バナナ園:鉢金さん>が東京新聞に登場!

BANANA NEWS1月号「午後のシエスタ」に登場した当社第2バナナ園の鉢金祐太さんが2月19日付夕刊「早春まち語り」に登場しました。記事は下記からご覧になれます。
20110219東京新聞
Web版はこちら

2010年11月 4日

●十世三宅十九郎さんの狂言教室「バナナ園生田の泉」が東京新聞に取り上げられました。

大好評の十世三宅十九郎さんによる狂言教室<バナナ園生田の泉>が東京新聞<10月30日朝刊>に取り上げられました。
この狂言教室は、バナナ園の認知症入居者の皆さんと、地域の住民の皆さんが女性狂言師十世三宅十九郎さんを講師としてお迎えし、この8月より、宮前区のグループホーム「バナナ園生田の泉」「バナナ園生田の杜」でバナナ園グループが開催しているイヴェントです。
記事は下記
東京新聞10-10-30(生田の泉-狂言教室)

2010年8月30日

●バナナ園生田の杜「狂言教室」スタート!!

日本でもトップクラスの女性狂言師、和泉流の十世三宅藤九郎さんを講師に迎えた「狂言教室」が8月27日宮前区のグループホーム「バナナ園生田の杜」にて施設の高齢者と共に地域の皆様をお迎えしスタートしました。約1時間半受講者の皆さんは、先生とともに狂言の発声方法とともに、その所作を学び、更に狂言小謡『柳の下』を練習しました。参加されたMさん<女性>は「姿勢を正し大きな声を出すとストレスの解消にもなります。先生のようにとは言わないが、きれいに声が出せるように頑張りたい」と抱負を語ってくれました。またIさん<男性>は「伸びやかで張りのある声は聞いていても本当にカッコイイ、家に帰ってしっかり復習したい。」と意欲満々に話してくれた。この「狂言教室」は毎月1回、来年の3月まで、継続開催されます。  ※希望者全ての皆様に受講して頂く事が出来なかった事をお詫びいたします。
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2010年6月30日

●第4回ありがとう介護研究会~九段下ホテルグランドパレスにて

当社理事長の矢野達郎が6月26日九段下ホテルグランドパレスにて開催された「第4回ありがとう介護研究会」(会長:みらいなな<絵本翻訳家>副会長:坪内ミキ子<女優> 特別顧問:日野原重明<聖路加国際病院理事長>)にお招きをいただき、この研究会にて「グループホームと介護」をテーマに講演を行いました。当日は実際に介護をされている方、介護事業関係の方々100人以上が参加されました。
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2010年5月 3日

●バナナ園生田の杜オープン記念パーティー開催

4月30日、「バナナ園生田の杜」5月1日のオープンを前に、記念のパーティーが開催されました。会場は3Fのダイニング。
外部関係者だけで約50人の皆様が駆けつけてくださいました。「オープンにこぎつける事が出来たのは、皆様のおかげ“感謝”という言葉の意味をもう一度かみしめ、施設の運営にあたりたい」<矢野理事長>、「明日がいよいよオープンですが、これは一つの通過点。入居者という“お客様”をお迎えし、全ての“お客様”に健やかな生活をしていただくまで“グループホーム開設への道”は続くと思っています。」<境施設長>。と挨拶がありました。
パーティーにお見えになった皆様、そして支えてくださった皆様に心より御礼申し上げます。
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2010年4月27日

●バナナ生田の杜内覧会開催中!

5月1日グランド・オープンのグループホーム「バナナ生田の杜」、只今、内覧会開催中<ご自由においでください>
■4月24日<土>~28日<水>※他の日にちもOK<ご連絡ください>
■時間:10:00AM~4:00PM
■連絡先:044-433-4889<入居相談室>/044-789-5692<現地>
■住所:川崎市宮前区菅生2-20-3<駐車場あり>
■地図:パンフレットはこのページからダウンロードください。<スクロールした下部になります>
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2010年2月24日

●「高齢者住宅新聞」の<経済評論家亀岡大郎のトップ対談>に当社理事長が登場!!

2月25日付「高齢者住宅新聞」に「済評論家亀岡大郎のトップ対談」に亀岡大郎先生と当社<社会福祉法人バナナ会>の理事長矢野達郎の対談が掲載されました。
高齢者住宅新聞2月25日号

2009年12月28日

●雑誌「Better Care」2009冬号に当社施設及びご入居者が取り上げられました

介護専門雑誌「Better Care」2009冬号記事「百人百色の介護」に当社施設「バナナ園ほりうち家」及び「バナナ園ほりうち家ご入居者」が取り上げられました
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●Better Care2009冬号掲載「百人百色の介護」①

Better Care2009冬号掲載記事「百人百色の介護」その1です。
BetterCare2009冬号1

●Better Care2009冬号掲載「百人百色の介護」②

Better Care2009冬号掲載記事「百人百色の介護」その2です。
BetterCare2009冬号2

●女優の坪内ミキ子さんにお話をうかがいました ★2010年新春特別インタビュー★

テレビ・映画等で活躍されている女優の坪内ミキ子さん、実はお母様<宝塚歌劇団の第1期生の雲井浪子さん(実母)>の96歳から亡くなる102歳まで、6年間の介護経験をお持ちになります。また絵本翻訳家のみらいななさん等と在宅介護に関わるご家族やヘルパーなど介護を支える方々に対しコミュニケーションの場をご提供する「ありがとう介護研究会」の副会長もつとめられています。<敬称略>
矢野:著書の「母の介護」を読ませて頂きました。6年間、病院と在宅、大変なご苦労をされました。しかもお母様は元宝塚のスター、よく本にする決心をなさいました。
坪内:まず「介護は大変」「いずれ介護をしたり、されたりする立場になる」と言うことを伝えたかったのです。でも「される方も大変」という事が充分に伝え切れていない。誰だって紙オムツを取り替えてもらいたいとは思いませんが「ピンピンコロリ」は「神のみぞ知る」ですからね。
矢野:そうです、誰もが両方の経験をするものと思っていたほうが賢明です。さて約6年、長続きとお仕事との両立のコツはありましたか?
坪内:6年のうちの5年間は任せられる部分はヘルパーさんに任せ、食事の用意等のポイントに私が係わっていくスタイルでしたから、威張れる程ではないのです。ご存知の通りテレビや映画のお仕事は共同作業、一方母の介護はまさにマン・ツー・マン、両立と言えばカッコ良いですが、気分転換の意味でも仕事はプラスに作用しました。それと母の場合は「一人暮らしで要介護5<介護度としては最も重い>しかも寝たきり」でしたから、全てを1人で見るというのは不可能、介護保険やヘルパーさんを上手に使わないと。
矢野:なるほど、やはり在宅介護というとヘルパーさんが頼りになってきますね。さて沢山のヘルパーさんとお付き合いされた中、仲良く、そして上手にお付き合いするコツとは?
坪内:ヘルパーのお仕事は本当に大変、30人以上のヘルパーさんに来ていただきましたが、家人にはスキルとは別な部分でそのヘルパーさんが「心を込めて」お仕事をして下さっているかが良く判るのです、更に寝たきりの母もそれを「感じていました」。実は、皆さんのお仕事に対して、時には言いたい事も有りましたが、プロのお仕事ですからね、「口を挟まない」というのが私のポリシーでした、母は結構言っていたようでしたが(笑)。でも私は皆さんのグチをキチンと聴きました。触れ合いが大切なお仕事ですから。それと介護は「する人」「される人」そして「頼む人」三者の間の信頼が大切、でも「ありがとう」という言葉があるだけで随分とこの関係は良いものになってくる筈です。
矢野:ところでご主人やご家族のバックアップ等はありましたか?
坪内:夫と息子ですから・・・直接介護には携わりませんでした。母もそれを求めませんでしたし。ただ私に負担をかけまいと気を使ってくれました。例えば食事に連れて行ってくれたり、自分の事は自分でしてくれたり・・・、それだけでも随分と助かりました。
矢野:介護期間が介護保険の前後をまたぎます、違いはどのようにお感じになりましたか?
坪内:経済的な部分が第一ですね。精神的な部分ではケアマネージャーの存在、今ではちょっと考えらませんが、手探り状態で全て自分でやっていましたから、不安とストレスがたまりました。相談できるだけでも随分と楽になれるものだと。そして「介護」に関する理解が飛躍的に高まった事だと思います。「人に話せない」ことが皆が抱える「共通の悩み」だったんだと。
矢野:随分とストレスを感じる時期があったワケですね?そんなストレスを解消する秘訣はありましたか?
坪内:グチを言えるはけ口が必要。私の場合それは学生時代からの友人でした、食事をしたり、思い切って旅行にも行きました。本当に「話をする」だけで精神的に楽になる。それと皆さんに伝えたいのは「頑張りすぎないこと」、そうでないと続きません。
矢野:それはプロにも言えることですね。さて、最後に坪内さん、何か健康法はおありでしょうか?
坪内:そろそろ自分の事も心配です(笑)、肉体的な部分では、車を使わず出来るだけ自分の足で歩くこと、万歩計を携帯しています。そして頭を使うこと、今、NintendoのDSにハマってます、「脳トレ」とか。先日の研究会でも「認知症予防に効果がある」と言われていました。皆さんにもお薦めできますよ。
矢野:今日は本当にありがとうございました。ご健康にお気をつけ、お元気ご活躍を続けてください。是非バナナ園グループのグループホームにも遊びに来てください
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2009年12月 1日

●十世三宅藤九郎さんにお話を伺いました~和泉流女性狂言師~

皆さん「狂言」をご存知ですか?そう、能や歌舞伎と同じ伝統芸能のひとつ。今回は嗜好を変え、「狂言」を今に伝える女性狂言師三宅藤九郎<みやけとうくろう>さんに赤坂の豊川稲荷内のお稽古場に伺い、お話を伺いました。(敬称略)
矢野:今回は「BANANA NEWS」のインタビューに快く応じていただきありがとうございます。まずは「狂言」のアウトラインについてお話いただけますか?
藤九郎:「狂言」が古典芸能、伝統芸能だと言うことはご存知だと思いますが、結構「遠い世界、ハードル高し!」って思われてるのじゃないでしょうか?でも数ある古典芸能の中で唯一の喜劇で、面白いこと滑稽なことを演じるわけですから、実際はすごく分かり易いんです。「食わず嫌い」の方が多いのがとっても残念です。
矢野:私もそんな食わず嫌いの一人かもしれません<笑>。
藤九郎:成立は室町時代。登場人物は、そのころの「大名」や「太郎冠者」(召使のこと)等ですが、いつの時代にも通じる普遍的なお話(狂言では曲と言います)を演じ、最後は必ず笑いで丸く収まるのです。しかも一曲が短い(15分程度)!型や伝統は大切に守られていますが、けっして堅苦しいものではないですし、それに新作では「シェイクスピア狂言」もあるのですよ。
矢野:ところで初心者にとっての楽しみ方のポイントってなんでしょうか?室町時代の言葉で演じられるわけで、一般人にも理解できるものでしょうか?
藤九郎:まずは、喜劇なので面白いと思うところで笑ってください! 室町時代の言葉が使われますが、特殊な役職や地名などを除けば結構理解できますし、演者の仕草や表情をあわせて見ていただけば、ストーリーは勿論、笑いのツボまで分かる筈です。外国での公演でも笑いの起きる場面は不思議と一致します。洋楽のコンサートでも言葉は分からなくても楽しめたり、歌の内容は伝わりますよね?狂言の言葉や装束は昔のものですが、「こういう事は今もある!」「こういう人は今もいる!」と楽しめるし、まずは狂言師や舞台のかもし出す雰囲気を「肌で感じて」欲しいですね。
藤九郎:説明だけでは分かり辛いですよね?狂言には名乗りと言って、自己紹介のセリフがあります。これをやってみましょう。「この辺りの者でござる」、矢野さんも一緒にどうぞ。しっかり「張った」声で抑揚や、高さだけでなく、姿勢や呼吸も真似てみてください。そう、「狂言」にマニュアルや教科書はありません、全て「口伝<くでん>」。セリフも動きも師匠を真似ることで覚えていくんです。
藤九郎/矢野:「こォ~のあ~たり~の~もォのでござる~」
矢野:姿勢を正して声を出すって、気持ちいいですね。アドレナリンの分泌を促し元気にしてくれる感じがします。お腹にも力が入りダイエットにもなりそうです。
藤九郎:ダイエットは(?)ですが、しっかり息を吸って、大きな口をあけ、発声するといい表情になります。それに狂言は見て、聞いていただくだけで「元気」が伝わる芸能なんですよ。
矢野:今日は少しですがライヴに接して感激です、ところで藤九郎さん、これまでに実際どなたかの介護をされたり、係わられたりした経験はおありですか?
藤九郎:幸か不幸か?自分で介護をしたことはありません。祖父は90歳まで存命だったのですが、84歳からは一切舞台
に立たなくなりました。それは「自分で納得の行く舞台が勤められない。」という理由からです。芸術家で、完璧主義。そんな祖父の介護を私の母がしていましたが、そういう本人の意思や考えを如何に家族を含め介護に携わる人間が理解をしてあげるかが重要と感じました。
矢野:介護にとって重要な「共感」ですね。さて、最後になりますが、舞台にかける「おもい」と今後の豊富を聞かせてください。
藤九郎:今日の舞台は昨日にも明日にも無い、だからいつもそのときの「100%を尽くすように」と師匠から教わってきました。狂言を通じて“日本の文化”を伝える、という責任もありますが、何より600年、人から人へ、心から心へ真直ぐに伝えられてきた狂言だからこそ「真直ぐにその日のベストをお見せする」事が大切と考えます。そうすることにより初めて、お客様に「元気」や「勇気」そして「笑い」を伝える事が出来ると思います。狂言の世界を一人でも多くの皆さんに伝えていきたい、今後は高齢者施設や老人クラブ等でもパフォーマンスしたいって考えています。
矢野:バナナ園でも是非お願いいたします。今日はお忙しい中本当に有難うございました。
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■弟は和泉元彌さん(二十世宗家)、姉は和泉淳子さん(史上初の女性狂言師)。実父で師匠は和泉元秀(十九世宗家)、祖父は九世三宅藤九郎<ともに人間国宝:故人>。宗家と姉が着々と家庭を築くのを横目に、サッカー、太極拳、ビーチバレー、写経、と挑戦(?)中。
<スケジュール>      
■12月21日、「クリスマス狂言ライブ(ディナーショー形式)」ホテルグランドヒル市ヶ谷にて、午後7時開演
※お問い合わせは藤九郎さんのHPでどうぞ
■インタビュアー:矢野達郎(当社理事長)